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市民の苦情分析から答弁案作成まで――生成AIが挑む行政改革

2023.06.23

丹羽 恵久
マネージング・ディレクター&シニア・パートナー
パブリックセクターグループ日本リーダー

政府・自治体における生成AIの活用余地


高度な行政業務ゆえの煩雑さ

ChatGPTに代表される生成AIを政府・自治体でも活用しようという動きが広まっている。政府・自治体の行政業務は多岐にわたるが、多くを占めるのは複雑な法律や規則に基づいた膨大な文章を踏まえた上で、新たなアウトプットを生み出す作業だ。その精緻な作業には、高度な知識とともに多大な労力と時間を要してきた。しかし、自然言語の解析と生成は生成AIの十八番。さまざまな業務の効率を改善し、行政の働き方そのものを変革しつつある。

市民の陳情も短時間で解析

政府・自治体の業務、特に行政サービス事務において、多くの労力が割かれる業務のひとつは市民からの問い合わせ・苦情対応だ。この課題に対し、生成AIで解決すべく取り組んでいるのは台湾桃園市。月に2万5千件もの苦情が寄せられる桃園市政府では、市民からの陳情を受けるホットラインの分析業務にChatGPTを試験導入した。市民からの受電内容をChatGPTによって解析し、陳情の性質を特定して、対処すべき課題の優先順位付けを効率化する。人力であれば日数を要する大量の陳情分析もChatGPTは短時間で完了できるという。関連部署との連携から市民への回答までのスピードも向上する見込みだ。

この結果、市民からの問い合わせへの迅速な対応だけでなく、社会課題を効率的に把握することで政策の立案も加速すると期待される。例えば、特定の地域での交通渋滞が多く報告される場合、即座に違法駐車の取り締まり等を強化するといった対応をとるとともに、交通標識の変更や車線の拡張といった法規制や政策レベルでの検討を進めるというように、市民生活の迅速な改善に寄与する可能性も見込まれる。

 

行政文書や答弁案の作成を効率化

シンガポール政府もChatGPTの試験運用を開始し、職員の情報収集および文書作成の効率化に取り組んでいる。例えば、政策案策定や法制化といった行政業務は、大量の文書を読み解き、新たな大量の文書を書き起こすという多大な労力が必要だ。ひとつの政策案を策定するにしても、職員はまず統計データや市民からのフィードバック、論文や報告書など大量の情報源から課題を特定する。その後、既存の法律や政策、国外事例といった情報源からも情報収集して法令案を作成しなければならない。さらには過去の類似の法案をもとに答弁案も準備する必要がある。

情報収集においては、ChatGPTを活用することで人力では到底カバーできない範囲の情報を短時間で検索・収集できるだろう。さらには政策案・法案の起草やサマリ、市民への回答などもChatGPTとのチャットを通じて作成でき、人の目による精査は必要となるものの、文章の質を上げられるとともに工数も削減できる可能性がある。これらの効率化は市民にとってのサービス向上につながるだけでなく、職員がより重要な業務に専念できる環境を創出することで、市民サービス全体の拡充も期待できるだろう。

 

複雑な調達契約文書もチャット入力で自動作成

煩雑さを極める行政業務のひとつに調達業務がある。自治体運営に必要な物資やサービスを購入するにあたって、仕様を定めて公示資料等を用意、入札内容を審査し、契約を締結する業務だ。ただし、仕様検討にはさまざまな法規制に従う必要があり、あらゆる規則を理解し、遵守するには膨大な量の資料にあたらなければならない。また契約書は、仕様や適用範囲、データやプライバシー保護、法的考慮事項など多数の条項を仕様に則って記述する。数百ページの文書を行ったり来たりしながら、大量の文字を打ち込む作業を繰り返さねばならず、職員の負担は増大しがちだ。

生成AIによる調達仕様書・契約書作成の流れ

米国国防総省では「Acqbot」と呼ばれる生成AIを活用した調達契約書作成機能の試験運用を始めた。調達担当者がAcqbotにチャットを入力すると、その情報をもとに調達仕様書類が順次自動作成される。膨大な量の資料参照と文字タイピングを要していた契約書類も自動で作成可能とされ、調達リードタイムの短縮が期待されるとともに、より人間のスキルが必要な業務に人的リソースを割り当てることが可能となる。

一般に、煩雑な事務処理により工数が増大しがちな調達プロセスは、ときにプロジェクトそのものの遅延やコスト超過をも引き起こす。また、その複雑さ・高度さゆえに属人性が高くなり、不透明な契約につながるリスクも潜在している。しかし、生成AIはそれらの課題も解消できる可能性を秘めている。

 

行政への生成AI導入における2つの課題

自然言語を瞬時に解析・生成できる生成AIも、社会的な影響が大きい公共の行政業務に導入するにあたっては、種々のリスクを踏まえた課題の検討が必要となる。

1つ目の課題は「機密データの扱い」だ。特に行政で扱う機会の多い個人情報を含んだ文書や国防情報、外交文書といった機密文書をどこまでAIに入力するのか、その上で機密情報が流出しないことをどのように担保するのか。機密データをクラウドで扱う上で、流出のリスクをいかに排除できるかが鍵となる。

2つ目の課題は生成AI活用に関する「ポリシーの策定」だ。どこまでの範囲で生成AIを活用するのかを明確にすることが求められる。例えば、現時点での生成AIは常に正確な答えを出すにはまだ不完全だ。情報の収集から素案の策定まではひとまず可能であるとしても、窓口業務の応対インターフェースとして活用するには、生成される情報の正確性の面で懸念が残る。行政業務で求められる応答の精度は、民間業界の比ではない。安全かつ公正に行政サービスを提供するためにも、生成AIの適用範囲を明確にするポリシーの策定が必要となる。

 

日本における生成AIの可能性

これらのリスクを考慮しつつ、日本の官公庁や自治体でも行政業務への生成AI導入の検討は進んでいる。特に、機密性の低い情報に基づいた文書作成についてはすでに着手されている。例えば、神奈川県横須賀市などでは文章の要約や作成などにおいて生成AIの試験運用が始まっている。

また、生成AIによって国会答弁を作るといったことも、遠くない未来に実現される見込みだ。実現されれば、官僚の長時間労働の改善にもつながる。機密性の高い非公開情報に基づく業務についても、政府が活用するクラウドサービスのセキュリティ評価制度であるISMAP(イスマップ)に基づいて、この先数年かけて検討・導入されていくとされる。

現在の日本において、特に大きな社会課題は少子高齢化問題だ。生産年齢人口(15~64歳人口)は1995年の8,726万人をピークに減少し始め、2032年には7,000万人を割り込む。老年人口(65歳以上人口)がピークを迎える2040年頃には、今の半数の職員で自治体を支える必要があるとされる。少子高齢化を止められないことを前提とするならば、生成AIによって職員を単純事務作業から解放し、人間でなければ遂行できない業務に集中できる環境を早期に整えることが肝要だ。それこそが行政職員のみならずサービス受益者である市民の幸福、ひいては日本社会全体における望ましい未来への道となるだろう。