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グローバル事例から読み解く「DX成功のポイント」

2023.07.18

日経電子版オンラインセミナー・リポート

グローバル事例から読み解く「DX成功のポイント」

多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)の実効性を見いだせないでいる。デジタル活用に関する組織能力が不足し、実装フェーズで立ち止まっているケースも少なくない。そんな企業の取り組みに寄り添い、エンドツーエンドで支えていくため、ボストン コンサルティング グループが既存のデジタル組織を再編して立ち上げたのが「BCG X」という専門家チームだ。この組織を通じて具体的にどんなイノベーションを実現していくのか、そしてDX成功のポイントとは何か――。本セミナーで明らかにされた。

デジタル活用を一貫して支援する「BCG X」のミッション

ボストン コンサルティング グループ(以下、BCG)は、AI(人工知能)などのテクノロジーやデジタルを活用した戦略策定や事業創造、プロダクトビルディングを担う専門家集団「BCG X」を立ち上げた。BCG X アジア・パシフィック地区リーダー 兼 北東アジア地区共同リーダーを務めるロマン・ド・ロービエは「BCGにおけるデジタルの卓越性やケイパビリティーを結集させたのがBCG Xです。クライアント支援に必要なデジタル領域のすべての機能を備え、BCGのビジネス戦略コンサルタントと緊密に連携しながら、クライアントの目標達成のために課題解決の専門知識を提供し、DXの恩恵を最大限に享受できるように支援します」とその役割を説明した。

具体的にBCG Xとはどんな組織なのか。BCGのデジタル専門組織はこれまで、新規事業開発/データサイエンス/デザイン構築/デジタル戦略の策定・実行とその能力ごとに分かれていた。これらの組織を再編・統合する形でBCG Xは始動した。全世界の100以上の都市にオフィスを展開し、延べ3000人(日本では300人)を超えるスタッフが在籍している。それぞれの国の言語を話し、現地のビジネス事情を熟知したデジタルのエキスパートたちだ。

各エキスパートの専門分野も多岐にわたる。例えばデータサイエンティストは、多くがコンピューターサイエンスや数学などの分野で博士号を取得した人材だ。「アナリティクスの専門家としてデータ分析や機械学習を用いたモデルの設計や構築を行うほか、生成AIの活用・検討なども主導します」(ロービエ)

またベンチャーアーキテクトは、新規事業のテーマ設定、スコーピングからアイディエーション(アイデアを創出し可視化すること)、事業ローンチおよび運営のために必要な組織づくりや資金調達まで、プロジェクトを一貫してドライブする。「真のアントレプレナー(起業家)として、クライアントがゼロからイチを生み出す取り組みを支援します」(ロービエ)

そして、ITアーキテクトがデジタル戦略を実現するために不可欠なテクノロジー活用のグランドデザイン、次世代アーキテクチャーの策定、プラットフォーム構築などを担い、デジタル活用をエンドツーエンドで支援する。「時代遅れとなったITの弊害を明らかにし、変革を成功へ導くべくシステムの刷新を実現します」(ロービエ)

ほかにもマーケティング戦略の企画・立案・実行管理を担うグロースアーキテクト、デジタル/ITコンサルタント、プロダクトマネージャー、デザイナー、エンジニアといった高い専門性とスキルを持つ多彩な人材が在籍している。

このBCG Xが中心となり、デザインファームや大手SIer、AI開発会社、さらにはベンチャー投資を専門とするBキャピタル・グループとも協働し、クライアントの変革に向けた投資や成長戦略を支援する。

■ BCG Xの位置づけと役割

BCGとの共創で実現したDXの先進事例

ではBCGXは、具体的にはどのようにクライアントのDX推進を支援していくのだろうか。BCG X 北東アジア地区共同リーダーの平井陽一朗は代表的な成功事例を紹介する。

まずは米スターバックスにおける事例。2016年にBCG Xの前身であるBCGデジタルベンチャーズとスターバックスのジョイントベンチャーとして発足したプロジェクトのもと、AIを活用したパーソナライズドマーケティングのプラットフォームが構築された。「会員顧客の好みや購入商品、場所などの購買情報に加えて、天気やモバイルアプリの利用状況などをリアルタイムにパーソナライゼーション・エンジンで解析し、顧客の行動予測にもとづいたおすすめ商品を提案します。これにより40万通りのオファリングが可能となり、17年における会員顧客の売り上げは20%も増加しました」(平井)

なお、BCGは高い汎用性を持ったこのプラットフォームを買い戻し、運営を行っている。

2つめの成功事例はWeb3の技術を活用した事例で、アートに特化したブロックチェーン技術を提供するアーキュアルだ。アート作品が生み出されるまでにはアーティストのインスピレーションに加えて多くの労力が伴うが、作品の価値が高まるころには手を離れてしまいがちで、作者や関係者はその報酬をほとんど得られないのが実情だ。この現状を変えるべく、多くのアーティストを支援してきたチューリッヒのLUMA財団からの助言、世界最大規模のアートフェアとして知られるアートバーゼルを運営するMCHグループの知見、そしてBCGデジタルベンチャーズが持つデジタル技術を結集することで、アートワークをブロックチェーンに登録して作者や関係者が永続的な利益を確保できるプラットフォームを共同開発したのである。「アーティストとギャラリーが一緒に検討したスマートコントラクトによりアート作品のデジタル証明を行い、コレクターと作品のつながりを深めます。さらに自動での支払いや取引も可能となり、アート業界に新しく公正なビジョンを打ち出します」(平井)
3つめは、BCGデジタルベンチャーズとシェルがジョイントベンチャーとして立ち上げたマシンマックスの事例。IoTを活用した重機の稼働把握・運用支援サービスを実現し、例えば農作機械では1台あたり年間約1.5万ドルのコスト削減効果をもたらしている。「機械全体の燃料効率を高めることで排ガスの削減効果も確認されるなど、脱炭素化の動きにもこのサービスが貢献しています」(平井)

4つめは、東南アジアの穀物メジャーであるオラムの事例。サプライチェーンをまたいだエンドツーエンドでCO2排出量の測定・管理を行う「Terrascope」というSaaSプラットフォームを共同開発し、スコープ3(サプライチェーンでの排出量等)の対応を可能とした。「カスタムAIや機械学習モデルを活用してビジネス活動データの取り込み・処理・分析を行い、最も関連性の高い排出係数と照合することにより、煩雑でエラーが発生しやすい手順を自動化します。こうしてCO2排出量を範囲や地理的位置、ビジネスユニットごとに細かく分析することで、ホットスポットと最善の行動に焦点を当てた洞察を得ることが可能となりました」(平井)

そして5つめが、世界のダイヤモンドの採掘・流通・加工などを手がけるデビアスの事例。ダイヤモンドの採掘からエンドユーザーに至るバリューチェーン全体の追跡が可能なブロックチェーンソリューション「Tracr」を構築したのである。「このサービスは強制労働の撲滅や原産地偽装品の排除などSDGs(持続可能な開発目標)の観点からも求められるトレーサビリティー向上に大きく貢献し、フォーブスの『ブロックチェーン50社』(20年、22年、23年)にも選ばれました。現在では世界流通量の約15%にあたる60万トンのダイヤモンドを追跡・管理するまでになっています」(平井)

上記のいずれの取り組みも、現在の企業に求められているイノベーションを最新のデジタル技術によって成し得た典型的な事例と言えよう。

【パネルディスカッション】

非連続なイノベーションを成し遂げるポイント

プロノバ 代表取締役社長の岡島悦子氏、BCG マネージング・ディレクター&パートナーの豊島一清がパネリストとして登壇、BCG マネージング・ディレクター&シニア・パートナーの平井陽一朗をモデレーターに、パネルディスカッションが行われた。

平井からの最初の質問は、新たに始動したBCG Xについての感想だ。「日本企業の多くがDXに向かっていますが、どこから手をつければよいのかわからない“DX迷子”になっている経営者も少なくありません。その意味で、自分たちと一緒に汗をかきながら課題抽出から解決・実装までを伴走してくれるDXパートナーとしてBCG Xが登場したことをとても心強く感じます」と岡島氏。

この言葉を受けてBCG X 北東アジア地区共同リーダーも務める豊島は「お客さまからこれまで以上にトータルなソリューションが求められるようになったなかで、これまでBCGのなかで切磋琢磨(せっさたくま)していた複数のデジタルチームがまとまり、一体となってバリューを提供できるようになったことに大きな手応えを感じます」と意気込みを示した。

実際、DXは簡単なテーマではなく息の長い取り組みが必要となる。そこで平井が次に投げかけたのが「DXの成否を分けるポイントはどこにあるのか」という質問である。

岡島氏は「経営層のコミットメントやリーダーシップが重要」とし、次のように語った。「BCGとシェルの共創事例からも言えるように、自社単独のサービスとしてはPL(損益計算書)的に難しいけれど、プラットフォーム化して他社にもサービスを提供することで採算が取れるケースもあります。こうした全体最適のビジネス戦略や設計を誰がけん引していくのか――。その意味でも肝となるのは、やはりCEOとCDO(Chief Digital Officer)であると考えます」

ただし、経営層だけではDXを推進できないのも事実だ。「全体的な構想は描けたとしても、実装フェーズで立ち止まってしまうケースも多々散見されるなど、デジタルケイパビリティー(組織能力)不足も顕在化しています」と平井は問題点を指摘した。

これに対して岡島氏が示したのは、小売・流通グループにおける事例である。「この企業は90年代から数々の非連続のイノベーションを起こしてきましたが、背景にあったのは潤沢な予算枠を設けた共創投資です。多くのスタートアップに投資し、コラボレーションすることで、フィンテック分野をはじめとするさまざまな新サービスを実現してきました。自分たちとは違った世界観を持つエンジニアやWebデザイナー、プロジェクトマネージャーなどを外部の投資先からも集めてDXを推進しているのです」(岡島氏)

言葉を換えれば、オープンイノベーションによって、この小売・流通グループはDXの実装フェーズにおける課題を克服してきたわけだ。そしてBCG Xが提供するソリューションの本質もまた、そうしたオープンイノベーションをともに実践していくことにある。

「デジタル戦略で成功するためには多様性をいかに取り入れ、自分たちの力にどう変えていくかが問われます。これまでは規模の大きな企業ほど“組織内部の論理”が強く、外部との付き合いがうまくいかないという傾向が見られましたが、いまこそ自らを変えていくべき時期を迎えています」と豊島も強調する。

自社のカルチャーやビジネスモデルを変革することには痛みが伴い、過渡期には抵抗勢力が現れることも多いが、このハードルを乗り越えた先にこそ、企業はDXを実現し、持続的成長を成し遂げることができる。